タクシー乗り場に向かう途中、村上シンジは再び念を押し出した。
『良いか、シュンスケ、フサエ―シンポジウムが終わったら余計な事はせずに真っ直ぐ戻るんだ。否、2〜30分位は学内の出し物を見物する振りをして、それから帰る事にしよう―』
『お前、頭大丈夫かよ?たかが学園祭でなんだってそんなにビビッてんだよ!?』
毎度毎度の相手の用心振りに、さすがにシュンスケはいらつき出したが、
『最後まで聞け―帰る時は勘繰られぬよう、各自ばらばらに校門を出るんだ―それから別々の交通手段を使って一時間以内にここに集合する。昔の知り合いと顔を合わせても、適当にお茶を濁して決してイジメや武勇伝自慢はすんな。特にシュンスケ、お前はな』
『シンジ、気にし過ぎよ?何かあったの?』
明るい茶色に染め、入念にパーマをかけた髪を揺らしながら、しかし一条フサエは悠然と、
『せっかくの学園祭よ?同窓会みたいなもんでしょ?楽しみましょうよ?貴方もさ』
イジメグループの首謀者に至っては、自覚すら無かったのだ。
『駄目だ。良いから俺の指示通りにしろ。何か誘われても全て断るんだ。不自然に思われない様な理由を付けてな』
シンジは未然の危険を未然のままに抑えるべく、完璧な作戦を立てていたのだ。
『あ〜あ、つまんね〜』
桂シュンスケは緑の長髪の後ろに手を回してあからさまにぼやいた。
『まあそこまで言うなら聞くけどさ―別に大丈夫よ?』
フサエはシンジの分厚いメガネに薄ら笑いを示して見せた。
『忘れたの?私のパパは―』
周囲の騒音が彼女の語尾をかき消す中、三人はタクシー乗り場の彩色された歩道に差し掛かり、ずらりと並ぶ車両の先頭が開いた自動ドアに乗り込み始めた。
だが、彼等の姿を目撃した者がいたのだ!
《…あの人達は》
タクシー乗り場の向かいの書店のウィンドウを通して、たまたまファッション誌を立ち読みしていたとある女子生徒は、彼等の後ろ姿を認めて、思わず手に持つ本をずり落としそうになった。
紅い大きなリボンを頭に結わえ、この辺りでは珍しいセーラー服。
私立k学院生徒会長・九重モエだった。
一学期終業式を無事終え、生徒会の残務整理も順調に完了し、打ち上げ会までのわずかな時間を潰しに、一時の息抜きにここに来ていたのだ。