刹那は急激な脱力感に襲われその場にうなだれた。肩が痙攣し立ち上がるにも全身に力が入らない。「俺は…俺は…」
「刹那…」
困惑し動揺する刹那の肩を天見老人がそっとおさえた。刹那の震えが天見老人の手に伝達する。
「……!」
彩羽が入口に目を向けそこを凝視する。嫌な緊張感が部屋中に広がっていく。
「師匠……」
「わかっている…明日奈、お前は天見と刹那君を連れて裏口から逃げろ。表の客は俺が相手をする」
虚空に浮かぶ満月が光を振り撒く。虚ろな月光に白い翼を持った生物が静かに飛翔していく。
「久しぶりだね、この嫌われ者」
天使が地上にいる黒いマント…彩羽に話しかけた。
「散々な云われようだな…確かに俺はお前達天使に嫌われているかもな」
「天使だけじゃない、お前達戦使は人間にとっても忌み嫌うべき対象さ…あの戦争に負けてから」
「黙れ、ルシフェル」
彩羽の瞳に複数の感情が浮かぶ、憎悪、怒り、悲哀…その感情は次々と浮かびそして消えた。
「かつて数多の戦使を殺し、数多の人間を欺いた天使軍最高幹部ルシフェル。貴様の言葉耳を傾ける気はない」
ルシフェルは馬鹿にするようにけらけらと嘲笑し彩羽を見下ろした。
「でも事実、天使に支配されて人間は豊かになった。景気も回復した、国家間で争いも起きない…二十世紀よりも平和で幸せな時代が来た…僕達のお陰でね」
「確かにそうかも知れない。だが昔は不幸でも不況でも人間は自由だった。誰かに従うことなどない、規律やしきたりに縛らることなどない自由があった…お前達天使は人間から自由を奪ったのだ」
ルシフェルの顔から笑みが消えた。彩羽の瞳がサングラス越しにルシフェルを睨みつける。
「ばかばかしい…お前よっぽどつっかかたり逆らうのが好きらしいな」
「まあな…」
ルシフェルは弓を構えると彩羽に向かい狙いを定めた。
「やっぱりお前は嫌われ者だよ」
「光栄だ」
彩羽がルシフェルに向かい疾走した。