朝、彼女は結婚記念日を楽しみにしていた。優しく、美しい妻だった。怒るということはしなかったが、たまにむくれる白い桃のような頬が少女のように見せた玄関で「秀さんの好きなものたくさん作るわね」と笑顔で言っていた。だから、彼女が大好きな芍薬の花を手に帰宅した。だが帰ってみれば、いきなり服従をかけられ、見上げると彩乃は違う男に抱き締められていた。抱きしめていた男。古賀が勝ち誇った、歪んだ笑みを唇に浮かべていた。 『彩乃は僕のものだよ』 呆然とする武藤に、古賀はかもすると愛する相手に送る壮絶なまでの艶然とした微笑みを浮かべ、彩乃をだきあげた。
彩乃は涙でぐちゃぐちゃになった顔で武藤を見つめていた。唇が小さく嫌、という形をつくる。
『秀さん』
武藤に手を伸ばす。武藤も精一杯手を伸ばす。指先が触れ合った一瞬、古賀と彩乃、ふたりの姿が掻き消えた。彩乃を見たのはこれが最後だった。