彩乃。
優しくて美しい、僕の妻。彼女はやさしい。やさしすぎるほどにやさしい。
だけどもなんで?
どうして、僕を見てくれないの?
ぼくを透かして、だれを見ているの?
武藤はゆっくりと顔をあげた。その表情は桜杯がみたことないような、情けなくて何かに追い詰められた頼りない表情をしていた。 「せんぱ…」
「…ごめん桜杯くん。」
かたり、とコップをコースターに置いた。
「今回はちょっと僕無理かも。」
桜杯は一瞬何を言っているか解らなかった。
無理かもしれない。
はっきりと彼はそう言ったのだ。
いつも飄々と笑い、無理そうでも『今回ちょっと危険だから失敗しても文句なしね』と言ってやってくれる武藤が。
はっきり、無理だと。