体が小さく弱いネズミは、逃げ場の無い平原では、鳥に狙われたら絶望的だ。
まさに今はその瞬間で、ネズミは上空から大きな鳥の影が迫りつつあるのを知った。距離を縮めながら旋回している。
ネズミは、今朝から余りに気候が心地よかったので油断して巣を離れ過ぎたのだ。巣まで逃げ帰るのは不可能だ。
しかし、それでも全力疾走で仲間のいる巣まで走ろう。どうせ駄目と決め込みじっとして鳥の餌食になるのもシャクだ。その気になれば運命は喜んで近付いてくるもんさと言った爺さんの口癖を思い出した。
ネズミは鳥の影を背負いながら一目散に家路を目指し駆け出した。ふと前を見ると、驚いたことに目の前には大きな猫が現われた。
万事休すと思った瞬間、猫の様子が変なのに気付いた。どうやら片方の足に猟師の罠の皮が巻き付いて逃げられない様子なのだ。
とっさにネズミは言った。猫さん、ぼくはあなたの足に巻き付いている皮ヒモを噛み切ってあげるから、上空でぼくを狙っているあの鳥から守ってくれませんか?
猫は答えた。いつも、お前の仲間を食べている俺を信用してくれるなら、お安い御用だ。
その言葉が終わらぬ内にネズミは猫の腹の下に潜り込むと皮ヒモを食い千切り始めた。
上空の鳥は苦手な猫を見たので旋回しながら様子を見ている。
遠くに猟師の姿が見えた。どうやら真直ぐこちらに向かってきている。猫はネズミに早くしてくれと言った。
ネズミは、もうすぐ切れるから切れた瞬間に僕と一緒に巣の入り口まで一気に駈けて抜けてくれませんか?と言った。
猫はうなづいた。次の瞬間、二匹はネズミの巣のある西に向かって疾走し始めた。
すぐ近くまで猟師が駆け寄ってきていたのだ。間一髪だった。
しかし、鳥は低空飛行でネスミに迫ってきた。足の爪を広げ掴み掛かろうとしたその瞬間、猫が鳥に向かって跳ね上がり襲い掛かった。鳥はギリギリのところで猫の爪から逃れ、虚空の彼方に遠ざかっていった。
もうネズミの巣も近い。安心したネズミは巣の前まで来ると、振り返り猫に言った。来月食事会があるから来てください。お礼がしたいのです。
猫は遠くを見ながら言った。敵の俺をそこまで信用するのは間違っている。今日のことはお互いに貸し借り無しで決着が付いている。次に会った時には食われない様に用心しな。
猫は一度振り返ると、音もなく森の中に消え去った。