そして、はっきりとできないと桜杯に告げ、逃げるようにホテルへと駆け込んだ荒い息のまま、体を投げ出すようにベッドにぶつけ、涙の出ない嗚咽を漏らした
彩乃。
彩乃。
ぼくの妻。
「間違い、ありません。妻のものです」
ああ、と武藤は夢の中出ため息をついた。
これは夢だという自覚もあるし、なにより十七年前の自分が、警察に連れられて遺体安置所で、池のほとりで浮かんでいたという肘から先がない左手を抱き締めていた。
腕は妻のものだった。
白く黒子ひとつない華奢な腕。だが特徴的に、親指にに血のように赤い痣があった。長年見慣れた、妻の、彩乃の腕だった。
遺留品は結婚指輪と、彼女が当日着ていたエプロン。それだけ。
あとは、池近くの山で人一人分の血痕の痕跡。
ベテラン風の刑事が、きっちりとしたスーツ姿で、少しだけ哀れそうに武藤をみていた。
「旦那さん」
武藤はその声に振り替える「…撒かれてあった血痕と奥さんの血液型が一致しました。」
しばらくの間のあと、武藤はかわいた笑みを浮かべてそうですかと言っただけだった。