ヤス#155
暴風雨。
ヤスと純子は服を着るとタクシーを呼んだ。だが、無理だと断られた。いつの間にか、街には大蛇が這い回るかのように、濁流が走っていた。
ホテルは騒然となった。ヤスはドアを開けた。宿泊客が不安げなおももちで廊下に出ている。既に一階部分が浸水していた。純子が長い髪に手グシを入れながら出てきた。その時、轟音が響いた。
「キャーッ!」
純子がヤスにしがみついた。ヤスは純子の体を庇うようにして踊り場に走った。ホテルの管理人らしき者が倒れている。長い髪の束のような物が体中に巻きついていた。
「やっちゃん…何なの?一体、何が…」
「来たんだよ…いよいよ…来たんだ」
一階のフロアは流れ込んだ水が小さな渦を巻いていた。一つ、二つ…。その渦は数を益すと互いが繋がり、大きな渦となって増殖していく。
宿泊客のカップルが、ヤスを押しのけるようにして下りていった。
「くそっ!…水が溢れている。こっちは駄目だ。美知、非常階段からでよう!」
「う、うん!」
二人が引き返えそうとした瞬間、渦の中から黒い鞭がしぶきを上げてしなった。鞭は美知と呼ばれた女の首を引くと「チュン!」と小さな音を立てた。