ヤス#157
シットはそう言い残すと、渦の中に沈んでいった。
すると、浸水していたホテルから一気に水が引いていった。そこにはシットにはねられた二つの首が転がっていた。
ヤスは純子の手を引くとホテルを出た。二人の目に未曽有の惨状が映った。
月灯りの中、街の灯りは消えている。車があちこちでひっくり返り、ビルの一階部分のガラスがことごとく割れていた。死体があちこちに転がっていた。首が有るもの、無いもの…残酷過ぎる。難を逃れた者の悲鳴が悲しくこだましていた。
「母さん。とにかく香月に戻ろう」
「そうね…それが良いわね。歩きましょう」
「いや…あのビル。立体駐車場がある。車を拝借しよう」
「でも、どうやって?キーは?」
「とにかく行ってみよう」
「はい…ヤス」
「今、何て?」
「やっちゃん…って…」「そう言った?」
「ええ…やっちゃんって…私、そう言わなかった?」
「うん…言わなかったよ。ヤスって呼んだ。それに…」
「それに?」
「うん…ベッドでも…ヤスって…」
「えっ?…そう…気がつかなかったわ…ああ…頭が変になりそう」
「大丈夫。俺が守る。母さんは俺が守るから…」