連邦と王国の国境に近い衛星N662で訓練中の第八分艦隊が、王国軍と遭遇・戦闘状態になったのは十月六日のことである。
戦場に近いレグルス要塞から支援が差し向けられたが、駆付けた時はすでに無残な消耗戦になっていた。
遭遇戦による混乱のためである。
尚且つ、両軍ともむやみに相手の情報を混乱させようと妨害電波を乱発したため、戦場は混乱し、統率が利かない危険な状況になっていった。
連邦の分艦隊司令官マウリッツ少将は部隊の把握に苦しみ、接近戦を避けようとしたが果たせずにいた。
「やむを得ん…艦載機を出撃させろ。短距離砲に切り換え、いそげ」
なんとか援軍さえ来れば…マウリッツはそれを頼みに対応に終われ、結局訓練兵にまで細かな指示をだせなかったのである。
アジド・アジャールは宙空母ネイサンにいたのだが、空戦隊が慌ただしく出撃準備を進める中、彼らしく落ち着いて指示を待っていた。
(恐らく俺も出撃になるのではないか)
アジドは不思議にも冷静だった。緊張のピークを通り過ぎてしまったようである。
そこに、ハンス大尉という空戦隊員がきて、アジドに避難するように言った。
「何をしてるのかっ」
丁度その時にアジドの訓練の責任者ファルネーゼ少佐が険しい表情で走ってくる。
ハンスはファルネーゼに事情を話したのだが、これが上官の怒りを買った。
「馬鹿者!空戦隊は全員出撃となっているのだ。例外などない」 「ですが…」
「分かりました」
アジドはハッキリとした口調で言った。この緊急事態に口論してる暇はないだろう。
ハンス大尉は少佐とわかれてアジドとゲートに急いだ。
途中、何度か後ろを行くアジドに何か言おうとしたようだが、何も声には出さなかった。
アジドはそれを気にせず、ただ別のことを考えていた。
(ケイト、アラン、グエン、ケリー。俺に力を貸してくれっ…)
もう自分は生きて戻れないかも知れない。これは戦争なのだから…。
アジドはふと一人の女性を思い出していた。それは彼が好きだった人なのだが、友人のアランと付き合っていたので、誰にも言わずにいた思いだった。
そして、そのことを誰かが知ることは、この日以降永遠に出来なくなったのである…