いや、人物という表現はおかしいかも知れない。
「私は、人々の夢を司る夢魔です。」
なんだか空の雲をかき集めて人の形にしたようなそれは、そう名乗った。
「む…夢魔?」
「そうです」
「望みを…叶えてくれるのか?」
「はい。夢の世界に送ってさしあげます。」
突然の事だったが、達也は何の躊躇も無くこういった。
「なら…なら一番最近の夢に俺を送ってくれ!」
「…?あれでよろしいので?」
夢魔は怪訝そうな様子で達也に聞き返す。
「ああ、頼む!」
達也は懸命な表情でそういった。
すると夢魔はさらに怪訝な表情で、
「まあ構いませんが…夢の世界からは、私の気が向かない限り戻れませんよ。それでもいいですか?」
「何度も言わせないでくれ!俺は今の世界じゃ退屈なんだ!」
そういうと、夢魔は急にすっきりした様子で、
「わかりました。次に寝て、そして起きたら夢の世界になるよう用意をしておきます。」
「やった!ありがとう夢魔!」
そういうと達也は軽やかな足取りで塾に向かった。
「なるほど、今の世界は退屈だから、もっとスリリングな世界に行きたかったんですね」
そういうと夢魔は、早速準備に取り掛かった。
達也は、塾に着くや否や、自分の席につき、寝始めた。
「やだ達也君、講義始まる前にもう寝てるわよ」
「次のテストで取れないとやばいって言ってたのに…」
ふん、そんなのこれから夢の世界に行ったらどうにでもなることだ!
そう思いながら、達也は、深い、深い、眠りに、着いた。
「冗談、じゃない!」
達也は息を切らしながら全力で走った。
「俺は、こんな、夢、見て、ないぞ!」
達也は止まるわけにはいかなかった。
なんせ、本や映画でしか見たことのない、ティラノサウルスが襲って来ているのだから。
「くそっ、あの、野郎!嘘、つき、やがって…」
そう言っている間にも、達也とティラノサウルスの差は縮まっていって…
「う…うわああああ!」
達也は知らなかったが、人間は見た夢の全てを覚えているわけでは無く、見た夢のほとんどは忘れてしまうらしい。
そう、達也は見ていたのだ。ティラノサウルスに襲われる夢を。あの最高の夢を見た後に。
6時を告げる携帯に、起こされる直前に。