昭和二十年、八月八日。
その日は彼の沖縄へと向けて特効しにいく日であった
坂爪昭三郎は、ひとり中庭の訓練所が見渡せる、ヒマラヤ杉の前にいた。
室内では、同僚が何人かいるはずなのに、物音ひとつない。
ただ、夏の麗しいまでの空と蝉の煩さだけが、日本で見るものかと、彼は考えていた。
昭三郎は死を前にして、なぜだかひどく落ち着き払っていた。
死にたくなんてないのが本音だが、でも、心は水面のように平坦で曇りない。
昭三郎はふと、手にもっていた写真を取出し、眺めた―――妻の、写真。
白無垢姿で、羽織袴の自分の隣で、幸せそうにほほえんでいる。
もう、会えない。
だけどずっと愛している。覚えているから。
俺が、君を愛してやまなかったことを。
きみの瞳の色を、きみの声をずっとずっと。
生まれ変わってもずっと。
昭三郎はふと、見つめていた木から視線をあげ、妻―夏美とのことを思い出した