大学への進学とともに、俺にとっては初めての独り暮らしが始まった。右も左もわからない新たな町で、信じられるのは町の地図と日本銀行券のみ。薄情にも両親は引越しの当日こそ新居であるアパートに顔を出したが、その後は何の音沙汰もなしだった。
だからといって、こちらから連絡するのは癪に障る。
しかしながら、それらすべてが初体験の中で、不安がないといったら嘘になる。
そんな中で期待と、やや緊張を含んだ入学式。それは大学敷地内にある大きな講堂で行われた。
全部で1000人くらいだろうか。着慣れないスーツに身を包み、少し遅めに来た頃には、講堂内は新入生でいっぱいになっていた。
席は自由に座ってよいようなので、後ろの列の左端に座った、何の考えもなく。
そして今までの人生の中で、こんなにも『何の考えもなく席に座ったこと』を後悔しない日はなかった。
入学式も中盤に差し掛かり、だんだん退屈になってきた時だった、後ろの入り口から1人の新入生(アイツ)が入ってきた。「入学早々遅刻するかー?ふつう。」などと思っていると、アイツはそのまま後ろの列の左端、つまり俺が座っているほうにズンズン歩いてきた。
「隣、いいかな?」第一声はそれだった。
「…どうぞ。」特に断る理由もなかったので、そのまま席を促した。
実際俺の隣の席は空いていたし、それは何の違和感もないやりとりのはずだった。はずだったが、その時のことは一生忘れられそうにないだろう。
まず彼はスーツ姿ではなかった。いや、厳密に言えばスーツかもしれないが、まずネクタイがない。そしてワイシャツの襟が背広から出ていた。つまり、スーツ姿というよりは、ホスト姿という格好だったのだ。でもまぁ百歩譲ってホスト姿は認めよう。個人的には嫌いだが、どこの世界にも目立ちたがりという奴はいる。大学デビ ューというのもわからなくもない。
問題、というか伝説はその後だった。