座敷わらし?
「ああ…」
女将が胎児の死体を抱き上げる。
「可哀想な仔…私がちゃんと産んであげてれば…でもね、ちっとも寂しくなんかないのよ…みんないますからね…」
女将の虚ろな歪んだ瞳が由良とつばめを凝視する。
「貴方達も一緒に居てやってください…この仔が寂しがらないように…」
「お断りします」
つばめが嘲笑を浮かべ女将を見る。まるでこの状況を心底楽しんでいるようだった。
「嫌ならしょうがありませんねぇ…」
ふと気がつくと女将の腕が巨大な鉈のように変化していた。女将はその腕を二人に向かって振り下ろし斬ろうとした。
「危ないですよ…それに貴女がいるべき場所はここじゃありません」
つばめは由良を掴み上げて刃を飛び越えた。そして女将にゆっくりと手を伸ばした。「想念が固まれば生きていようともその身は『妖』となる。貴女はもう人間ではない」
女将に両側に襖が出現した。
襖はゆっくりと開き両側から何本もの手が蠢いた。手は女将を引っ張って半ば力任せに引きちぎると半身ずつを左右の襖へ押し込んだ。
「子ども達が…待っていますよ」
鈴の音が聞こえた。凛としたその音色が聞こえたと同時に由良は辺りが草村であることに気がついた。
「ここは…旅館は?」
辺りを見回すがそれらしいものはない。すぐ近くに弥生子が横になって寝かされていた。つばめも横に立っている。
「つばめさん…」
「由良先生、すみませんでしたね」
つばめが笑う。
ふと由良は気がついた。あの旅館は彼女の…女将の創り出した想像そのものだったということに。本当の澁澤宿はもう無くなっていた事に。「由良先生、もう二度と貴方に逢うことはないでしょう」
「あなたは一体何者なんです?」
由良の問いにつばめはクスクスと笑う。「私はつばめ。ただそれだけです」
それだけ云うとつばめは森の中に消えた。
由良和明はその後民族学の権威となったが、その奇妙な人物に会うことはついぞ無かった。
座敷わらし 終