『ありがとう──桃実』
黒峯はそれから小さく一言さようならと言った。
私はその言葉が耳に残ったまま、背中を向け、歩き出す黒峯の姿を見つめていた。
黒峯は振り返ること無く、そのまま姿を消した──
さざ波の音がキコエナイ
サヨナラ黒峯が言った言葉
今までソコにいたのに……
「…………や………いや……」
桃実はガクッと膝をおると、黒峯が消えた方向を見つめ、大粒の涙を流していた。
「い……や…黒…峯……や………イヤァァァァァァ───────────────!!」
何の言葉を言っているのか、声が出ているのか、自分がどうなっているのかワカラナイ。
桃実は半狂乱になり、ただ泣き叫んだ。
冷たい風が吹く海でたった独り。
「イヤァァ…ァァ…ァァ黒峯ェェェ黒……峯ェェ……」
桃実は黒峯を呼び続けた。
でも──黒峯はイナイ。
「も……う……いや……黒…峯がイナイ…なら……もう……」
桃実はフラッと立ち上がると生気の無い瞳を海に向けた。
流れる涙は止まるどころか溢れ出て、頬からポタポタと落ち続ける。