突然、枕もとで携帯電話が鳴った。
何年ぶりに聞く着信音だろう。忘れていない。忘れられるはずがない。女は震える手で通話ボタンを押す。「もしもし?」
言葉が出ない。いや、口の中が渇ききって声すらまともに出せない男が一人。
「あ。あの…。俺…。」
俺は今更どうしようってんだ!
お互い言葉を交わせないでいた。沈黙が続いた。それでも電話を切ることができない、男と女。
長い沈黙を破ったのは女の方だった…。
「おかえりなさい」
「ただいま…」
「あのさ…」
「あのね…」
「え?何だ?」
「ううん、先に言って?」
「ん…。あのな、俺、今部屋借りて一人暮らししてんだ。もし…。もしさ、お前がまだ一人なら、来ないか?」
「ふふ。」
「何笑ってんだよ。こいつ今更何言ってんだって思ったか?」
「だって、同じ事言おうとしてたから可笑しくって。覚えててくれたんだね?……ありがとう。」
「うん。俺もその…。ありがとな…。あ!なんか書くものあるか?住所は・・」
約束なんて何もない。
しかし今、男と女は一度は離してしまったその手を再び握りしめた。今度は強く、しっかりと。
――もう二度と離す事はないだろう。