…J・E・ファンという人物についての資料は、後世においてあまり残されてはいない。
アカイア公クラークの甥にあたり、三○才で元帥となり、三年後には公国軍司令官となった軍事的天才。
これ位なものである。
だから、彼を軍神として、英雄扱いすることが多いのである。
しかし、この時はまだその名声は公国内に止まっている。
ただ、真に評価されるべきは、そのカリスマ性と、統率力にある。
彼が司令官となる前の公国軍はまとまりが無く、五回も司令官が交代しても、それは直らなかった。
しかし、ファンが司令官となってからは、不思議なことに、その集団は、一国の軍隊として機能しだしたのである。
当然、閣僚の中でもその発言は重く見られるようになっていった。
容姿は秀麗であり、宮廷内でも人気が高かったのが、より後押しした。
また、ミンツ、ライス、バウツ、ゼーラントら諸提督もまず優秀といって良く、幕僚達も、優れた人材がそろっていた。
そのため、当初から戦意が高かったのである…
一方、同盟を申し込まれた連邦には、議論の余地が無かったと言って良い。話はとんとん拍子に進み、十月十日、両国家に軍事同盟が結ばれたのである。
この事態を、イオニア王国内でも予測されていた。
しかし、まだ内部不和は解消されておらず、準備は滞った。
結果、連合軍に時間を与えてしまうことになるのである。
イオニア王国の宰相ネクロス候爵は、自身の一族の、フォン・モンテリウス大将を司令官に任じ、討伐軍を編成させた。
その指揮下に入ったフォン・フィルスマイヤー中将は、人事を聞いた時、思いっきり舌打ちした。
「ネクロスの野郎、陛下をないがしろにするだけでなく、兵士も死なせる気か?!」
側にいた彼の親友シュトラッサー中将は、冷めた様に言った。
「まだ負けると決まった訳じゃないだろ?」
「あのモンテリウスが実戦で役に立つと思うか?」
「俺とお前はまともに戦えばいいだろ?」
「…ずいぶん楽観的だな」
「俺の分もお前が怒ってるから、少しヤケになってな」
「ふん…」
フィルスマイヤーは足早に去っていった。
残されたシュトラッサーは大きくため息をついた…
こうして、大会戦の時は迫っていった。
それは、アレンビー、フィルスマイヤー、ファンという人の後の英雄が、初めて同じ戦場に集う戦いになるのであった…