「おはようございます」
凛子は毎朝、警備員室へ鍵を取りに行く。
「おはよう。今日も早いね」
橋本という警備員は、シワだらけの顔を更にくしゃくしゃにしながら、凛子に鍵を手渡した
「新人は朝の掃除とか大変なんですよ!橋本さんもお疲れさまです!」
凛子は橋本と話すのが好きだった。祖父と話しているようで、なんだか懐かしかったからだ。
大学も地元の大学に通っていた凛子は、就職とともに実家を離れて一人暮らしを始めた。
大学時代に付き合っていた人とは、一ヵ月もたたないうちに、自然と連絡が来なくなっていた。
仕方ない
仕方がなかった
凛子は、そう思うことで、自分の気持ちを冷凍して、胸の奥深くに埋めて、目につかないようにしていた。
事務所のドアをあける
電気と空調をつける
コーヒーを入れながら、机を拭き、掃除機をかける。
事務所内の掃除が終わる頃、もう一人の新入社員、真理恵が出勤してくる。
凛子は今日も笑って言う
「おはよう、あと応接室の準備お願いしていい?」
真理恵の後から今日も上司の林が出勤してくる。
林は、ばつが悪いのか、目を合わす事無く、デスクへ向かう。