宙際連合側はアイデンティティーの確立を急がねばならなかった。
この時代およそ百年間、思想・信仰・倫理・善悪・哲学・規範を巡って、実に多数の宗派・理論が現れ、それまででは考えれない位大量の碩学泰斗を輩出し、人跡の及ぶ所・論壇が賑わわない事とて無かった。
それは古地球時代ギリシア・中国・インド・中世ルネサンス期以後のヨーロッパ世界に匹敵する百家争鳴の時代であった。
先例を裏切らず、思想・哲学の発展・宗派間抗争には、必ずと言って良い程、同時期の政治・国家対立が深く絡んでいた。
銀河元号七〜八星紀の場合は、それが宙際連合と航宙遊牧民族勢力との覇権闘争であったのは言うまでも無い。
航宙遊牧民族側は、主に個人自由主義・科学技術リベラリズム・多様性の共存・大きな宇宙主義を主張・もしくは信奉していた。
端的に言えば、あらゆるタイプの文明が広い宇宙に散らばり、人類は個人の判断で自分の好みの文明や国家を選択し、人生を築けば良い。
気に入らなければ又別の国に移住すれば良い。
その為、どれだけ奇妙でも、それが宇宙文明や人類全体に敵対しない限りは、あらゆる国のあり方・人の生き方が認められ、尊重されるべきだ。
逆に特定の価値観や規範を他者に押し付け・強要し・場合によっては武力行使や統制に訴える考え方や勢力は、これは排除・少なく共制限しなければならない。
元々大勢の人間を、開発し難い恒星系にへばり付かせ・様々な障害や事故に耐えながら何百年間もの入植事業に従事させる等、甚だしい人材の浪費、それ所か人権侵害ではないか。
それに、入植に相応しい安定した恒星系ならば必ずある分けで、だからこそ、宇宙文明の領域を今まで以上に拡大する事に専念すべきで、定住型民族もどんどん超光速宇宙船に乗り込み、遠宇宙を目指し、フロンティアを築けば良い―\r
これが航宙遊牧民族の掲げた理念であった。
彼等は時空集約航法や通信技術の進化に莫大な資本を投じ、航宙機動戦力を大幅に拡充し、通信と航路の安全を保証する事によって、その理念の実現に勉めた。
地球時代末に世界を席巻した似たような思想になぞらえて、この文明の運営法は《ユニバーサリズム》もしくは《多元帝国主義》と呼ばれる様になった。