「行くよ。今から行くから。」
‐何言ってんだ、俺。行ってどうすんだ?違う!何で、俺が行くんだ!?‐
頭ん中の言葉と裏腹に、口が勝手に動く。
「一時間、あっ、40分位で着くから!駅に居てよ。」
何を興奮してしゃべってんだろ?
「分かった。」
あゆみは、一言だけ返事をして、電話を切った。俺は慌てて時計を覗き込む。
9時40分。
待ち合わせは9時だった。
‐あいつ、何やってんだ、何で、もっと早く連絡よこさないんだ?って言うか、この雨じゃ、海って中止だろ!?‐
なんだか、やけに興奮している自分を押さえながら、慌てて、支度して、家を出た。
飛び乗った電車の座席に着くと、ようやくホッとして、冷静になっていく。
車窓の向こうの雨の景色を見ながら、不思議にまた、手に力が入っていた。
あゆみをクラスメートとして以外、意識した事は一度もない。
女子の中では活発で男女気にせず、誰とでも話す。明るいけど、決して美人って訳じゃない。
なのに、俺の耳には、大雨と電車の音の中に消されてしまいそうだった、さっきのあゆみの声が、あまりにも鮮烈に、特別なものの様に、残ってしまっていた。
行ってからの声は何も考えてなかった。ただ、俺には、江の島の駅の公衆電話で肩をすぼめて立っているあゆみの姿が容易に想像できていた。
罪悪感の様な、いや、違う!同情?それも違う。初めて感じる胸が詰まる想いのまま、江の島に着いた。
改札に向かう。何だか急に照れくさくなってきた。
居た。
改札を抜けてあゆみの真正面に立った俺はどんな顔をしていたんだろ?
ニヤけるのを堪えて、最初の一言を探していたのに、
「ごめんね。」
あゆみがそう言って下を向いた。
俺だって、言葉が見つからず、下を向きたい気持ちだったけど、とっさに、無言のまま、あゆみの頭を、ポンッポンッと、軽く二回叩いていた。
あゆみが、やっと顔を上げる。
‐ドキンッ‐
教室の中で見慣れているはずの、あゆみの笑顔がまるで違うものに、見えてしまった。