翌朝、いつもの様に登校した博文の机に、落書きされて跡があった。
誰か、本当の自分に気付いて
若い女性のものとおぼしき字体だった。
時計の針は7時を回ろうとしている。博文は、サッカー部の早朝練習がある日はその時間に登校している。クラスで一番乗りになる事は多い。
落書きに気を留める余裕はない。大急ぎでユニフォームに着替え、7時の練習時間に間に合った。
1時間たっぷり汗を流した頃、生徒達がラッシュの如く登校して来る。裕介も、臨も、孝政も、千聖も、名波も……。
だが、今年は違う。桜庭に通う惇の弟・秀(しげる)が普通科の生徒として入ってきたのだ。髪型はマッシュルームカットで、兄とよく似た顔立ちをしている。
その頃、桜庭では、日に日に減っていく新入生に脱力感を煽る。みく達の学年では既に13人の生徒が桜庭を中退した。
早朝の課外授業を終えた泉が、それまでの空元気とは一転して項垂れる。
「弟が青海に入ってショック〜。惇君の弟が修学館に入って、更にショック〜。ガリ勉して修学館に入ったら、定時制の人と落書きで文通出来たかも知れなかったのに〜」
「そういう下心のために修学館を狙ってたの?」
泉の不純な動機を今頃知ったみくは呆れるばかり。
たまたま居合わせた暁が泉に食い付く。
「弟や妹が修学館や青海に入ったなんて、俺、一人っ子だから兄弟のしがらみとか分からなくて……」
「惇君、弟が修学館に入ったから、きっと気ィ抜かれてるんじゃない?」
泉が言っている傍で惇が登校してきた。
「惇くーん。弟が修学館に入ったんだって?」
「うん。あいつ、『桜庭だけは絶対にやだ!』とか言って、修学館一本で受けたんだ」
「私の弟も『恋愛禁止の青春なんて有り得ない』って言って、青海に入ったの。恋愛のれの字を知らないくせに」
惇はいつもの享楽的な振る舞いで泉との会話に乗っていた。「人は人、自分は自分」が彼のポリシーである。暁は失意の内に桜庭に入った当初、惇のそんな人柄に触れて友情を築いていったのだ。
桜庭では友情が最重要視されている。恋愛は勉強の邪魔になっても、友情は邪魔にならない……桜庭学園創立者の言葉だ。
桜舞う4月、暖簾に腕押しの桜庭も、進路決定の大本番が始まったばかりだ。