おれはタイムマシンを造った。そして三年前のあの日、中学に入学した日に戻ってきた。
所々ひびの入った鉄筋の校舎をうれしそうに見つめる新入生がたくさんいる。入学式もクラス割りの発表も終わり下校となった今、綺麗でむだな皺のない制服を着た新入生たちの緊張した面もちは少し緩んだ。おれはその中から大きた制服に着られた中学生のおれを見つけ出した。ネクタイがうまく結べていなくて格好悪い。次々と昇降口から人が出てくるのに、中学生のおれはほどけた靴の紐を結ぼうとしゃがみ込み周りから冷たい視線を送られている。それにようやく気づいた中学生のおれは、紐を踏まないように気をつけながら端によけた。満開な桜の木の下で、中学生のおれは一人靴紐を結んでいる。このときがチャンスだ。おれは校庭の一番隅の桜の木からこっそりと中学生のおれに近づいた。すかさず肩を抱く。中学生のおれは異常に驚き声も出ないようだ。口を顎が外れそうなほどに開き、丸まるとした目でおれを見つめた。
「いいか、よく聞け」
おれは中学生の頃から身長は二十センチは伸びたが、顔つきはそれほど変わっていない。言うべきことを言うとおれはおれの頭をくしゃりと撫でてやり、すぐさまそこを去った。そして先回りする。おれと彼女が別れるあの十字路へ。
おれは彼女にいつも通り一緒に帰ろうと誘われる。いつも通りの十字路で、いつも通り「じゃあね」と手を振るはずだ。しかし。
二人の姿が見えだした。十字路の一つ先の角に隠れて二人を見守る。確かその日は新しいクラスについてお喋りしていた。クラスは離れ離れになったけれどずっと友達でいようね、なんて内容だった。二人はいつも通りだった。十字路に差しかかり手を振る。
「じゃあね」
彼女が言うと、中学生のおれは躊躇いながら言った。
「……また、ね」
彼女はほほえんでおれたちに背を向けた。おれはこの後気づくのだ。小学生の頃はあまりにも無邪気で、誰とだって手を繋ぎ歌いながら歩いてた。しかし、中学生になるとそうはいかない。おれは大人になった。「じゃあね」と言った彼女も、大人になってゆく。
中学生のおれは遠ざかる彼女の背中にそっと囁いた。
「好きだよ」
おれもそっと。
「好きだった」