時刻は午前七時、灘 明(なだ あきら)は満員電車の中にいた。
周りを見回すと当然、同じ種類の生物で溢れており『百聞は一見にしかず』とはよく言ったもので、この状況の息苦しさは人から聞いたりTVで見るより一度体験した方が良く理解出来るだろう。理解したいと思う人間はまれだろうが。
しかし乗客(と言っても会社員がほとんどだが)の表情を見るとどこか憂鬱そうで人間のせめぎあいによる息苦しさとは別の理由によると思われた。
今日は八月の月末で、殆どの会社員が夏休み明けの初出勤なのだ。帰省するだけだった者、思いっ切り羽をのばした者、一夏の思い出をつくった者など様々だが、連休明けと言うものは歳をとっても憂鬱になるものなのだ。
そんな空気の漂うなか、明はどこか張り切っているようだった。
灘 明は中堅商社に務める会社員であり年齢は25才、周りからは外見よりも高い歳を予想される事が殆どだがそれは顔がどうこうと言うより彼の落ち着いた雰囲気によるところだろう。趣味は読書とバイクでの旅行であり基本的には冷静であるが一度何かにのめり込むと周りが見えなくなる事が多々あり、本を読み始めたら自分の世界に入ってしまい気付いたら一日で凶器として使えそうな分厚い本を読破してしまうこともしばしば。それでも視力は両目とも2.0である。
旅行の方は絶景を観る事を主な目的としておりこの夏も独りで様々な場所をバイクでまわり楽しんだ。
楽しかったならば多少の未練は残りそうだが明はそんなものは一切無いようだった。
なぜなら明は連休明けから新しいプロジェクトに参加することになっていたからだ。社会人として新人と言う称号もなくなる三年目、就職試験以来の試練に明の心のなかは重圧よりも興奮が多くを占めていた。