「形無し者形無し者」
「どうしてお前はここにいる?」
「そんなにこの世が憎いのか?」
「そんなにこの世が恋しいのか?」
「まっていておくれ」
「私も………」
「形無し者。」
昔、私がまだ小学生の頃祖母が教えてくれた話しだ。 形無し者とは、ここらの土地で〈死者〉を指す言葉らしい。
祖母は時より、懐かしそうにその話しをする。
ある、夏休みの日祖母は、いつも私にする形無し者の話では無い別の(形無し者)の話しを聞かしてくれた。 …祖母がまだ、女学生だった頃一人の書生と出会った。
書生は、とても真面目で優しい人だったそうだ。
そんな書生に祖母は恋をした。
書生もまた祖母を…。
でも二人には、とても大きな違いが有った。
家柄だ。
昔の日本は家柄が違うとゆうだけで、叶わない恋が多かったとゆう。
祖母達の恋もまた…。
片や、日本屈指の財閥の孫娘。
片や、援助を受けながら大学え通う貧乏な書生。
どんなに、二人が愛し合っても。周りの人間の目は冷たかった。 ある時、二人は駆け落ちしようと考えた。 そして祖母は、約束した。
『今晩、あの桜の樹の下で…。』
二人が出会い、そして恋に落ちたあの桜の樹の下で…。
しかし、駆け落ちの晩、祖母は家を出ようとした所を見付かり、数日間家に閉込められてしまった。
それから、直ぐに祖母はあの桜の樹えと行った。
しかし、そこに書生の姿は無かった。
その次の日も、そのまた次の日も、そのまた…。
けれど、結局その書生とは出会え無かった。
書生は、祖母に裏切られたと思ったのだろう。
二度と祖母の前に姿を現さなかった。
それから直ぐ、戦争が始まった。
それから少しして戦争は、日本が負けたことでその幕を閉じた…。
戦後間もない頃の事だった。
祖母宛に手紙が届いた。
書生からだった…。 何通も、何通も、戦場から…。 祖母は直ぐさまその手紙を読んだ。
あの、駆け落ちの晩の事、どれだけ祖母を憎んだか、その後直ぐ赤札がきて戦争に駆出された事、戦場で、どれだけ同士が死んでいったか、どれだけ、自分が苦しいか、どれだけ、祖母に…会いたかったか………。
手紙の後には必ずこう書いて有ったと言う。
『愛しい、貴女へ』 初めて、あの人から貰った恋文と同じ様に…。
「―私も………好きよ」
終