ずっと小さい頃、学校の遠足で有名な画家の展覧会に行った事があった。もちろんその画家が誰だったかも、どんな有名な絵を描いていたかも思い出せないけれど、一つだけ忘れられずにいる絵がある。
その絵のタイトルは「セピアの空」。
その絵を見てとても不思議でならなかった。何故ならその絵にはどこにも空がなかったからだ。
螺旋階段がずっと上まで続いていて、その階段の隅々には本棚が敷き詰められていた。
そう、あれは塔だった。階段を上るとそこには何があるのだろう。不思議で不思議で、館長さんの袖を引いて質問したけど結局はっきりした事は分からなかった。
その日はあの絵が気になって眠れなかったのを覚えている。だけど子供の記憶など曖昧で、この絵に再会するまでは存在すら忘れていた。
今、依空の前にはその絵がある。あの頃と変わらない、あの壮大な絵が。
誰の声も聞こえない。絵の中から違う音が聞こえてきそうで耳を澄ましていた。
母親の声も子供の笑い声も遠くなって、依空の耳にはただ静かな無の音がしていた。
その瞬間だった。瞳を閉じた依空の瞼の中に閃光が走った。眩しくて強く目を瞑ると、次第に周りの風景が緑に染まっていった。
自分は今どこか違う所へ移動している。目を開きたい。けれど今開くと何か恐ろしい事が起きそうでそれも出来ない。
どんどん緑に青が混じり、赤やオレンジなど鮮やかな色に変化していく。
次第に恐怖は薄れ、その景色を美しいと思えてきた頃ようやく瞼から光は消えた。
ゆっくり目を開けた依空。そこには真っ青に染まる普通の空が映っていた。