キバヤシは逃げに逃げた。
草原を横ぎり、小川を飛び越え、森の密集した木々を避けながら、
三つの谷と四つの山を越えて逃げ続けた。
しかし、クロオはどこまでも追いかけてきた。
最初は小さな黒い点でしかなかったクロオの姿は、
キバヤシがふりかえるたびにまるでキャンバスに黒いしみが広がっていくように徐々に大きくなっていき、
やがてキバヤシの目にも、クロオの感情の無い真っ黒な目が
自分をじいいっと見つめているのがはっきり見えるようになった。
「ひっ!ひやっ!ひやああああっ!」
キバヤシは恐怖に耐えきれず悲鳴をあげた。
そして遂に、背後でクロオの大鎌のような右腕がしなり、
キバヤシの首は恐怖でゆがんだままざくりと胴体から切り離された。
アオキはトランク一杯の札束を抱えて交渉に望んだ。
彼はクロオに向かって熱弁を振るった。
彼の行為がいかに無価値で、創造的でなく、愚かであるかということを切々と語り、
殺されていくものの気持ちを述べ、涙を流しながらすがりついた。
そして効果を得られないと知ると、今度はトランク一杯の札束を取り出し、買収交渉を始めた。
トランクの数は一つ、二つ、三つと増えていったが、
クロオはその感情の無い真っ黒な目をじいいっとアオキの首筋に注いでいるだけだった。
そして、トランクの数が底を付いた時、アオキはクロオの目がすううっと細くなったのに気付いた。
(笑ってるんだ・・・。やっと俺を殺せれると笑ってるんだ!)
戦慄がアオキの体を走る。
「ひいっ!まっ、まっ、待てえええっ!」
・・・大鎌のような右腕は、機械のように正確にアオキの体を五つのトランクごと刺し貫いた。
札束が絶命したアオキを讃える様に、アオキの体の周りをひらひらと舞い散った。
そしてクロオは最後の一人、シラトリを探し出した。
シラトリは自分の家にいた。
彼女はドアを切り裂いて入ってきたクロオと、彼を中心にしてみるみる黒く染まっていく壁や床を交互に見、
拾われたばかりの子犬の様にぶるぶると震えた。
クロオはその感情の無い真っ黒な目をすううっと細くしてシラトリに近付いた。
・・・大鎌のような右腕がゆっくり振りかぶられる。
しかし、それはぴたりと止まった。
クロオの感情の無い真っ黒な目が驚きで見開かれる。
シラトリは笑っていた。