意識が昇天する。
世界が自転することをやめ、重力の感覚がなくなり、魂が徐々に拡散していく。
いま、目で見ることはできない膨大ななにか──『光』のようなものが、俺を飲み込んだ。
『光』は俺という存在を溶かして行く。
俺はその『光』に意識を食われながらも、無意識に『そいつ』を、眺め、味わい、耳を傾け、その『匂い』に酔った。
優美で甘露、身を焦がすような嬌声と芳香、文句のつけようがない。
『そいつ』を抱き寄せようと、いや、『ひとつになろう』と手を伸ばす。
「准尉、どうしたッ!?返事をしろ准尉ッ!!」
視界が暗転する。
気付けば俺は、薄暗い『豚』の中に帰っていた。
むせ返る体臭と汚物の臭い。頭を駆けずり回った鈍痛が蘇る。汗を吸ったパイロットスーツの感触が気持ち悪かった。
「っ…俺は…」
「しっかりしろ准尉!なにがあった!?」
そんなことはこちらが聞きたい。
「…わかりません」
「何だと──」
「中尉、こちらヘアウッド。ボギー捕捉しました。いま画像を回します」
曹長が回した画像がHMDに投影される。
「なんだ…コイツは…」
それは雨の中で蜃気楼のように浮かんでいた。
一見して人間のように見えなくもない。
だが明らかに人間ではあり得なかった。
「コフィン・ドール、なのか…?」
コフィン・ドール──CDは今世紀半ばになって実現した機動兵器だ。漫画やSF映画に出て来る巨大ロボットとパワードスーツを足して2で割ったような代物で、跳び跳ねたり使い捨てロケットで無理やり飛翔するくらいのことはできるが、空中をその場で浮遊し続けるような機体は存在しなかったはずである。
「改良型、…いや実験機か?」
中尉が誰にともなく尋ねる。
確かに腰部からのびた羽根のようなパーツと毒々しい朱い塗装を除けば、既存の軽量級CD『飛天』に似ていなくもない。
「しかし、実験機なら何故こんなところに?」
左翼で守りを固めるコヴァルスキー伍長がもっともな疑問を投げ掛ける。
人目から遠ざけてしかるべき実験機を交戦区域に曝す必要など何処にもない。
「さあな、だがまあ奴がなんであれ、こちらをほって置く気はないようだな」
モニター内のボギーはこちらに一直線に向かってきていた。