落書き文通を始めて3ヶ月経った。受験の夏、恋は休息モードといきたい所だが、博文はそうなれない。
初めて恋の質問を振ってみる。
今、気になる人はいるか?
こんな事をしている相手は男かも知れない。女だったら恋愛が芽生えるかも知れない。
しかし、今はそれどころではない。恋にかまけて成績を落としたら情けない。とは言え、本気で付き合いたい程好きな人はいないから、まだいい。
返事を待つ事にした。
その日の定時制は、1時限目が体育の授業だ。プールでアクアエクササイズを習った後の給食が生徒の楽しみである。
佳純は気後れせず女物の水着を着て、懸命に体を動かす。そう、佳純は性同一性障害なのだ。小中学生時代は嫌々ながら海パンを穿いて、水泳の課題を乗り切った。バイトと学校の合間に精神科に通い詰め、3年の春休みから性ホルモン治療を受けている。
3年以上共にしていれば、さすがに教師も同級生も慣れてくる。性同一性障害に対する偏見は則ち無理解だ。周囲の理解があって初めて進展するのだ。
給食の時間、桜庭を辞めて定時制に入り直した女子生徒が佳純に尋ねてきた。
「ねぇ、佳純ィ。全日制の友達と会ってる?」
「今年に入ってから全然会ってないな。ケータイとかピッチで連絡取れる子とはメールのやり取りをしてるけど、全員じゃないね」
「そっかぁ。みんな受験勉強しなきゃならないもんね。あんたも生徒会があるから、あんまり会えないんだ」
一呼吸間を置き、佳純は伏し目がちに呟く。
「あの子達、薄々感付いてるんじゃないかな? 本当は女じゃないって事」
そう言う途端に給食を一気に平らげ、歯磨きのために便所に立って行った。
その頃、博文達の間で佳純についての疑問が漸く浮上していた。
博文達修学館組と亜鶴達青海組が、模試の帰りに立ち寄ったファミレスで一息ついている時だった。佳純と同じ中学校だった千聖と祥恵は、「ゲイじゃない」と前置きした上で中学時代の壮絶なエピソードを明かした。
「男の子って、中学くらいになると声が変わるもんだよね。佳純先輩はそれをどうしても受け入れられなかったらしくて、男の声にならないように秘密特訓してたみたい」