湿った淡い匂いが鼻孔を刺激し、静粛の中に殺気だった緊張感を生みだしている。
長椅子に座る下半身はひんやりと冷たく、その冷たさは益々私を恐怖へと駆り立てた。
「上原さん、2番へお入り下さい」
空気に広がりながら、しぼれた声帯が私を呼んだ。
蛍光灯の光をたくたくと反射させる、のっぺらの廊下に視線を下げながら、呼ばれた声の方へそぞろに歩きだした。
私は一つのドアの前に来ると、酸素を濃厚に含み、肺から気体がなくなるまで深く吐き出した。一寸の隙間を作ると厳格でいかにも神妙な空気に触れる。
染まることを歓迎した色は反射率を高くし、それを纏った人間は殊に神々しい。先入観がそうさせると言われれば否定できないが、それでも私を救ってくれそうに思えた。