−最悪の日がやってくる−
この日は練習場の入口に一台の輸送トレーラーが停まっていた。松風を乗馬クラブへ連れて行く為である。
先輩に引かれ、松風はトレーラーへと歩いて行く。俺はその間、松風に声をかけてはいけないといわれていた。松風は絶対に反応してしまうから、と。
そしてあと一歩というところで松風はいきなり踏ん張ってそれ以上進もうとはしなかった。他の部員に押されようと叩かれようと、その一歩を頑なに拒み続ける松風を見ていた俺は、我慢できなくてつい名前を呼んでしまった。
−松風ぇ!!!−
松風はいきなり暴れ出し、先輩と部員を振りほどくと一目散に俺の元へ走ってきて、胸に頭をぐりぐりと押し付けられた。俺は耐えられなくて、その頭を抱きしめては泣くしかなかった。
口から零れるのは鳴咽と松風の名前だけ。それ以上言えなかった。
しかし、それもすぐに引き離されてしまった。 松風には数人がかりで、俺は先輩に後ろから羽交い締めにされ、必死に手を伸ばして松風を呼んだ。無駄だとわかっているのに、理解したくなかった。
トレーラーの扉が閉まり、発車して見えなくなった後、俺は地面に崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。もう、何もする気力すら沸かず、その後の事はたいして覚えてはいない。
−神様の存在ってやつを信じてるか?−
残念ながら、信じちゃいない。本当に神様なんてのがいたら、俺達をこんな風に引き離すなんてことは起きないはずだ。
入部したてで、松風とてっぺん目指そうって輝いていたあの頃は、
遠すぎて、もう見えない……
あれから一週間と少し、俺の元に届けられたのは、松風の死の報せと、少しの骨だった。