彼との時間は、今までの人生の中で一番幸せな時間だった。
彼はすごく紳士的で優しかった。
デートの時はいつも車道側を歩き、ドアは先に開けてエスコートしてくれる。
人込みでは手を引いて導いてくれ、私の手が冷たくなると、そっと握って温めてくれた。
一つ一つはさりげなく、さして気に留めることもないような優しさだった。
けれど、彼の優しさが私はすごく心地よく、嬉しかった。
今まで片思いしてきた彼と付き合えて、何も不満はなかった。
このままこの幸せな時間が続けば良いと思った。
ただ、
一つ後悔していることがあった。
彼には、私以外に気になっている子がいた。
一年以上も彼を見続けていた私には分かってしまった。
彼が気に留めているのは、彼と同じ部活に所属する
『藤本 綾乃(ふじもと あやの)』さんだ。
藤本さんは私と違って、明るくて活発で、誰からも好かれるクラスの人気者。
男子で彼女を好きな人は、私が知ってるかぎりでも何人もいた。
彼女と勝負しても勝ち目がないことは分かっている。
でも、
これだけは譲れなかったから…
譲りたくなかったから…
私は彼のくれたチャンスに飛び付いた。
藤本さんが彼を好きにならなければ良いと思った。
そうすれば、彼の恋人の座を脅かされずに済む。
我ながら、なんて嫌な女だろう
好きな人の不幸を願うなんて…
自己嫌悪して、さらに気持ちが沈んだ。
でも、もうダメ…
藤本さんが彼を好きらしい。
最近、彼を好きな女子が増えていた。
彼の良さにみんな気付き始めたようだ。
けれど、その中に藤本さんもいるなんて。
彼の気持ちを思えば早く別れたほうが良い。
そうしなければ、傷つくことになるだろう。
それが一番良いと分かっている。
けれど、そう思った途端、悲しみが胸一杯に広がった。
もう少しだけ…
もう少しだけで良い
彼から別れを切り出されるまで
恋人でいたい
そうしたら、私は彼からきっぱり身を退こう
そんな時だった。
ある男子生徒から声をかけられた。