美紅が、一人暮らしをしている“本当の理由”
父親の通夜の夜…。
今日が終わったら…この美しい死体の父親と…お別れ……?そんなの嫌…。
美紅は、ジッと父を見つめて、そう思った。
明日には、灰になってしまう?…この美しい芸術作品が…?
それを考えただけで、美紅の頬をつっーっと涙が伝う…。きっと、周囲の親族は“悲しくて泣いているんだろう…”と思ったに違いない。実際、美紅は“哀しかった”…父が死んだ事、では無くて…美しい死体と、お別れしないとイケない事が。
その晩…皆が、寝静まった頃を見計らって、美紅は…父親の所にやって来た。どうしても、最後にもう一度…父親の亡骸を見たかったから…。昼間は、出来なかったが、今は誰もいない……。美紅は、柩の中に眠る父親の顔をマジマジと眼に焼き付けた。そして、また軽く身震いする。
…やっぱり…美しい…。
美紅の頬が段々、染められていく。…美紅は、父の冷たくなった顔に手をあてる…。ヒンヤリして…気持ち良い…。また背筋がゾクッと鳴る。撫でる様にしていると、美紅に“ある気持ち”が生まれてきた……。
…どうせ…明日、灰になってしまうなら…今日…しか…無い…。
美紅は、父の顔に近付いた…そして…軽く瞳を閉じ…父親の動かない唇に自分の唇を重ねた…。
…冷たいのに、甘く感じた…。
美紅は、遂にしてしまった…。死体に…口付け…誰かに見られたら…大変だな…と、美紅が思った矢先…後ろから、ひっ!と言う声にならない叫び声が聞こえて、美紅は、身体を凍らせる…。恐る恐る後ろを振り向く…そこに居たのは……
「おかぁ…さん…」
自分の母親。今さっき、口付けをした相手の妻…。母親は、ガタガタと震えながら…自分の娘を見ていた。
「なんて事なの?!貴女…何したか解ってるの?!」
顔面蒼白している…。震えながらも、明らかに軽蔑の眼差しで私を見ている…。
美紅は、小さな手で母親に触れようとした瞬間
「触らないで!!なんて子なの!死体に…それも自分の父親に!オカシイわ!」
その言葉に美紅は絶句する。“オカシイわ!”…母親は、それを境に美紅に対する態度が変わった。冷たくなった事から始まり…母親は、美紅を名前で呼ばなくなった…。軽蔑の意を込めて【フィリア】…そう呼ぶ様になった…。