夕方川辺僕の瞳に映るのは、その人のオレンジがかった背中だ―\r
僕は絵を描くのが好きで、中学では美術部に入部した。しかし、最近は部活をさぼり気味である。賞なんてそうそうとれるものなんかじゃなくて。才能が無いと凄く落ち込んでいた。
そんな時彼はそこにいた。
彼は絵を描いていた。整端な顔をした若い男だ。僕には彼の周囲だけ音が無い様に、彼の周りには彼だけの空間が出来上がっている。そう思った。そんな不思議な人だ。その無音空間で彼は絵を描いていた。毎日学校帰りにその姿を眺めていた。
何時しか僕は彼の隣で絵を描く様になっていた。お互い会話を交したことなどない。しかし僕は彼の見ている風景を僕も描きたい、と思ったから。だから僕は此処に居るのだ。
数週間の後、彼は雨の日も風の日も来ていたこの川原に姿を現さなくなった。しかし僕は川原に通い絵を描き続けた。
5日後、彼はやって来た。正直僕はもう彼はこないのかと思っていた。夕日を背負い、その整端な顔に微笑みをしたがえて彼はやって来た。
彼は名も知らぬ僕に沢山のことを語った。何年も願ってやっと叶った外国での絵の勉強のこと、何時日本に帰ってこられるのか分からないこと、此処が愛すべき故郷であること。そして、この川原の景色を何より好きだったこと。
「俺の描いた絵を貰ってくれないだろうか。」
彼は眉を下げながら僕に言った。
僕は迷うことなく受取りたいという意思を伝えた。僕は彼の描いていた絵の完成品をまだ見たことがなかった。真っ白い布にくるまれた絵を僕に差し出した彼は優しい顔をしていた。
「明日のこの時間に此処で広げて見て欲しいんだ。それまでは見ないで欲しい。」
僕は了承のため頷いた。
結局僕は部活を辞めた。絵は何かを得るために書いているからでは無いからだと気付いたから。それから僕はずっと川原で絵を描き続けている。
あの日彼から受取った絵は一度見たきり。次に見るのは名も知らぬ彼が此処に帰って来た時と、僕は心に決めた。
彼は数年後素晴らしい風景画家として世界から敬される事になるのだ―――\r