平将門?
桜が舞う。
普段ならば大地を砕きあらゆる存在を斬り裂く羅殺剣だが、たった一本の桜の前にその斬撃は消滅した。
「馬鹿な…!?」
(無駄なことだ…所詮人では我を倒すことはできない…)
桜が再び舞う。すると幸司の全身から血が吹き出し、斬り裂かれたようにその胸元がばっくりと開いた。全身の血が彼岸花のように吹き出し、幸司は自身の血流の中で嗚咽を洩らしうめいた。
「てめぇ…人間か?いくら平将門とは言え…只の人間霊にこんな力ある筈がねぇ…」
(我は人ではない。我は神に疎まれし異形。かつて神に反逆し、歴史と云う時から『鬼』の烙印を捺され、以来この暗闇の中で桜に抱かれ眠っていた)
幸司の意識が遠のく。
(平将門はかつての名。我は再び地上に蘇り、今度こそ神を倒す。そして真の世界を…真の自由を…)
全身の脱力感と胸の痛みから幸司の意識は暗い闇へ消えていく。
僅かに動いていた腕も止まり、心拍が停止するのを感じた。
(ム…?)
将門は目を疑った。
今しがた倒れ死体となった幸司の周辺に見慣れない白い光が出現し次々と幸司の体へと入っていく。幸司の体は同質の白い輝きを発しながら羅喉を手に立ち再び上がった。
(馬鹿な…あり得ない…この者は完全に死んでいた筈…)
幸司の目が桜を捕らえる。
それは普段の幸司とは違う、鈍い異形の瞳をしていた。まるで暗い渊から覗き込む悪魔のような瞳だった。
幸司は羅喉を構え、桜に向けて一閃する。
すると桜の花が一気に燃え上がり、その全身を炎が焦がした。
幸司は跳躍すると苦しみの声を挙げる桜を羅喉の一撃のもとに真っ二つに斬り裂いた。
(そうか…解ったぞ…貴様は…『神の子』だったのか…ならば、貴様がいる限り…帝都は…この国は…)
将門の嘲笑が響く。
だが桜の木は炎によって燃え尽き、幸司の意識も再び深い微睡みの中へ消えていった。