『……………』
バスの車窓を流れる景色は、なんだか不思議と頭に残る時がある。ガラスの向こうにある、何気ない日常。俺はそれをじっと眺めていた。
『……………』
何も言葉は浮かんでこない。音も奏ではしない。ただ、無意識に、映像を受け取るだけ。実際、思考や意識は全く別のところにある。
『…待っててな、マキ……』
俺は、今、マキのところへ向かっている。
車窓の外に、ブサイクな男とそれに不釣り合いな美人が手を繋いで歩く映像が、流れていった。が、気にもとめなかった。
* * *
『澤谷遥臣(サワヤ ハルオミ)君、ですね?』
鳥のさえずりが響くだけの薄暗い雑木林で、花束を手にした警察官の女が俺に尋ねる。まだ若い、割と綺麗な人だ。
『そうですけど?』
『私は、県警の大澄真紀(オオスミ マキ)といいます』
『…マキ……?』
この人も「マキ」なのか。おそらく俺の顔にはそう書いてあったろう。マキさんは花を供えながら言った。
『…私、藤間麻紀(フジマ マキ)の従姉妹なんです。マキが殺された時、私は何も出来なかった。警官なのに…それが悔しくて』
『……………』
俺は言葉に詰まって、何も言えなくなっていた。1年前、この場所で、マキは何者かに…殺された。かなり暴行も受けたようだった。服はズタズタ、顔には涙の筋が残っていた。
…俺は、未だ見つからぬ犯人に、明確な殺意を抱いていた。