激しい体力の消耗に眩暈をおこし、倒れる寸前で膝に力を入れ体勢を保った。
ピエロはうめき声を上げながら消えていき、とうとうイルカ三体と悠斗達だけになってしまった。
「気をつけろよ。お前の感情一つでこいつらは襲いかかってくるんだからな」
「気をつけろって言われても……」
イルカは悠斗の足を何度もつついてきた。まるで早く食わせろというような目で見てくる。
思い出せない。夢路が言ったもう一つの助言を。
何故夢路は教えてくれないのだろう。解決策があるのなら何だってする。ピエロが消えても屈み込んだまま苦しむ親友の姿を見ていられなかった。
自分が悪かった。信じろと言っておいて自分が一番田上を信じていなかった。言ったら責められるかも知れない。自分を追って来てくれた田上が離れて行ってしまうかも知れないという恐怖に勝てずにいた。
自分がいなくなればいいのだろうか。それで田上が救われるのならばそれもいいのかも知れない。自分にはもう、絶望しか残っていないのだから。
「退がれ!」
悠斗を押しのけ、イルカに腕を噛みつかれた夢路。血が水面を赤く染め融合した。
「夢路さん!」
額に滲み出る汗を気にせず夢路は悠斗に笑いかけている。
「夢負人っつーのは難儀な職業でな。祓いも浄化も出来ないのよ」
次々襲いかかるイルカによって夢路の服は破れ、噛みつかれた箇所からは真っ赤な血が幾重にも流れ出ていた。
思い出せ。普段使わない頭を回転させ、悠斗は夢路が言った言葉を必死に思い出そうとしていた。
その間も夢路はイルカに傷を負わされていく。早く何とかしなければ。
「田上……」
震える田上に近づくと、ゆっくり顔を上げ悠斗を真っ直ぐ見た。
「ごめんな」
目を見開き戸惑う田上。
憎んでいたのは本当だ。田上がいなければ自分は今でも部を背負ってあのマウンドに立っていたかもしれない。けれどそれとは別の感情も確かにあった。
「お前が羨ましいよ。好きな野球を続けられて」
「止めろよ……」
「俺はもう野球を止めた。戻る気もない。未練はあるけど後悔はしてない」
「や、止めろってば!」
「それもこれも全部、お前が俺を追いかけてきてくれたからだよ」
「っ!」
田上の目から大粒の涙が溢れた。悠斗を憎み流したものとは全く違う清い涙。
「お前が推薦校に行ってたらきっと、俺はお前を憎んでた。いや、きっと野球さえも嫌いになってたよ」