その日一日男は憂鬱だった。と、あとになって思うのである。
なるほど、そうかもしれない。男は仲間と旅をしていた。京に着くまでの短い旅だった。やっと自分達の剣がこの世のなかで使える。道中そればかりをまるで念仏の様に頭の中で繰り返した。
しかし、京に近づくにつれ、理由のない不安が時折やってきては消えていった。思案顔をしていると、
「どうした?」
と聴く物があったが、その度に打ち消した。とにかくも、京である京への憧れを持つ事で不安を消そうとした。
やがて、一行は京に着いた、が、あてはない。寺で皆途方に暮れた。どうしていいか分からない。
寺では、「話し合い」が続いていた。
空では、
ピー ヒョーウ
と、鳶が鳴いている。その声が、頭の上で鳴っている声を時々薄れさせた。獲物を狙うべくかなり低く飛んでいるらしかった。
鳶の声が鳴り終わるころには、寺の中も静まりかえっていた。
時折
ほつほつ
と声がしては、
う〜ん
と、唸り声で終わる。寺内を占領していた大人数は、十数人となっている。
考え込むうちに尿意をもよおし、
スク
と立ち上がった。
一同が、どうしたと見上げている。
「どうした、新八?」中の一人が声をかけた。
男は名を永倉 新八と言った。声をかけたのは、土方 歳三 後の新撰組副長だが、この時はまだ田舎くさい百姓あがりのみせかけ武士である。
「景気づけに小便でもしてくる。」
ああ、とうなずいたまま一同は再び目線を下に落とした。
小用を済ませ、外へ出た。
頭には、2月にもかかわらず、晴天が続いている。
本堂までは、目と鼻の先。さっさと戻ればいいのだが、なんとなく、本堂裏の小さな林に向かった。
「どうかしてやがる」と思いつつも、足が林の中へと吸い込まれて行ってしまう。そして同時に、例の不安が全身を包む位にまで膨らんでいる。
その不安がどうにも止まらない。遂に駆け出した。
得体の知れないものにでも追いかけられているかのように、力を入れて走った。
木の枝が時々頬をかすめては、
ピョウピョウ
と音をたてた。
「うっわっっ。」
木の根に足をすくわれ見事に顔から倒れた。すぐ跳ね起きた。
「!!!」
背中で今まで感じた事もない殺気がする。
「た・・たれじゃ。」返事がない。恐る恐る振り返る。