あらすじ
夜道にぶつかってきた男性に、私は不思議な感情を覚える。
どれくらい泣いていたかわからない。だけど気付いたら私は彼の肩を借りて座っていた。私は自分の行為にビックリして「キャッ!」と言いながら彼から離れた。同時に彼も驚いていたけど、その顔には「何を今更」と書いてあった。
彼の名前は敬助(ケイスケ)というらしい。敬助さん曰く、私達は近所迷惑ながら1時間以上も泣き続け、先に体力の尽きた彼は何故泣いているかも分からない私をとりあえず泣きやませた。その時に私は自分が泣いている理由を話しそれを聞いた彼はあまりにも感動して私に抱きつき私をなだめてくれたそうだ。
つ ま り
『何もなかった』ということ。
それを聞いてちょっと安心した私は敬助さんの顔をまじまじ見つめた。泣き顔で冴えなかったあの時とは嘘みたいにカッコイイ敬助さんに私は恥ずかしくなって思わず目を背けてしまった。
「…あ!そう言えばあなたの名前を聞いていません。是非名前を教えて下さい!」
今日は産まれて初めてなことが沢山おこり過ぎる。男性自ら私の名前を求めてきたことなんて一度もなかった。まして、この部屋に男性をつれてくることさえ初めてなのに…。
是非名前を教えて下さい!
その言葉の心地好さに私は体が羽のように軽くなる感覚に浸られる。
「あ、あのぉ…」
『ふぅぁい!?』
うっとりしている所に声をかけられたので思わず変な声を出してしまった。
…ものすごく恥ずかしい。
だけど一番恥ずかしいのはここからだ。
「…イ…ミ……」
「へ?なになに?全然聞こえないよぉ」
『育美!』
思わず声を張り上げて言ってしまった。
イクミ…。そう、私はこの名前が大嫌い。親が「誰よりも美しく育ちますように」という意味でつけた名前だからだ。皮肉にも私はこんな様。彼氏いない歴二十余年、友達すらもまともに出来ず、小さい子にも「ドブス」とあだ名が付けられるくらい。何が“育美”よ、笑わせてくれるわ!
だけどやはり彼は違ってた。
「へぇー、名前も可愛い人だ♪」
この喜びを真っ先に誰に伝えたらいいの?彼に対するこの不思議な気持ちは徐々に確かな形を成していく。
私はあなたが大好き…。
この気持ちを真っ先に伝えたのはもちろんあなた。
ついに彼氏いない歴二十余年の大記録は破れることとなった。