病院を出ると、俺は質屋へと向かった。
俺の唯一の宝物、クロムハーツのリングを売る為だった。
23万もした代物だった。これは俺が、まだ夢も希望も捨てていなかった10代の頃に、バイトして貯めた金でやっと買った物だった。
どんなに金に困っても、これだけは売りたくなかった。
しかし、今の俺にそんな事言ってる時間は無かった。
木下 奈央。
彼女にだけは迷惑を掛けたく無かったのだ。今まで生きて来た25年間の人生の中で、随分と俺は色々な人達に迷惑を掛けて来た。そんな俺を初めてこんな気持ちにさせた物は何だろうーー。
俺なんてどうなってもいいーー。
そう思っていた。
例え今ここで俺が死んでも何人の人が悲しんでくれるだろうか。泣いてくれる人はいるのだろうか。
俺には失う物は何もない。
そう思って生きてきたーー。
俺には5歳年上の兄貴がいる。
俺と違って小さい頃から頭が良くて、
成績は常にトップクラス。
学年でいつも5番以内に入っていた。
そんな兄貴を俺は尊敬していたし、兄貴の様になりたいと思っていた。
しかし俺は落ちこぼれにしかなれなかった。
成績は常に中の下。
どんなに勉強しても兄貴には追い付けなかった。
そんな兄貴にいつしかコンプレックスを抱く様にさえなり、俺は現実逃避する事を選んだ。
高校を卒業しても定職に就かず、バイトを点々としていた俺を、家族は疎ましく思っていたし、俺は家族の邪魔者扱いだった。
家を出た俺は、それっきり家には帰らなかった。
風の噂で兄貴が司法試験に合格したと聞いた。
ある日突然、両親が交通事故で死んだ。
夫婦2人で温泉旅行に出掛けた帰りの事だった。
大型トレーラーが対向車線を飛び出しての、正面衝突だった。
兄貴はしばらく音信不通だった俺にも連絡をくれた。
俺は自分の両親の葬式で久しぶりに兄貴に会った。
『お前は松田家の恥さらしだ。一体いくら迷惑を掛ければ気が済むんだ?お前の存在自体迷惑なんだよ。いっそ親父とお袋の代わりにお前が死んでくれたら良かったんだ。』
ショックだった。
あれ以来俺は兄貴に会っていない。
生きているだけで迷惑だと言われたも同然だった。