「とりあえず、お疲れ様でした。」
真弓がミュールの音を鳴らしながら私の背中に声をかける。
「思ったよりも良いものが出来たわよ。」
温かい缶コーヒーを私に差し出しながら言う真弓を私は何も言わずに見上げた。真弓は満足そうな顔をしていた。
「ねぇ…。」
煙草を取り出して、日を近づけながら真弓が続けた。
「戸川さん…今回のスタイリストさんとさ。」
真弓の次の言葉を予想した私は、真弓から目線をはずす。
「何か知り合いなの?」
真弓の吐いた煙草の煙がゆらゆら揺れていた。
「知らない、っていうとまた違うし、知り合いっていう程じゃない…と思います。」
言葉が見つからないという言葉が今の私にはピッタリだった。
「唯が動揺してる顔なんて見た事無かったから驚いたわよ。」
さすが真弓だなと思った。
「戸川さんを見た途端だったから、何かあったのかなって。」
この真弓の言葉に私が言える事は今はまだたった1つだけだった。
「昨日、佐々木課長の財布をわざわざ届けてくれた人が彼だったんで驚いたんですよ。」
と言いながら少し笑う事が私の今は精一杯だった。
「そう。彼がね…。」
そう言うと真弓はしばらく黙ってから続けた。
「唯の動揺した顔も初めて見たけど、彼と話した後の唯の顔も初めて見たわ。
何よりも、そのおかげで今回は良いものが出来たのだけれどね。」