さっきの事がまるで何も無かったかのように、また亮ちゃんと哲ちゃんはビールを飲み、笑いながら話していた。
それはそうだろう。
彼らにとっては、ただ私が手を滑らせてマグカップが割れてしまっただけの事。
この気持ちを誰も知らない。
自分さえもよくわかっていない。
また、胸の奥がチクリと痛んだ。
食器を洗っていると、亮ちゃんと哲ちゃんの声が聞こえてくる。
「哲ちゃん、今彼女はいるの?」
大分酔いがまわっている亮ちゃんが、顔を真っ赤にして笑っている。
「彼女はいないけど、好きな人はいるかな。」
照れながら哲ちゃんは答えた。
「おっ、恋ってやつだな。で、告白とかしないのか?」
亮ちゃんはグラスの残りのビールをグイッと飲み干す。
「いやさ…実は、その子付き合ってるやつがいてさ。俺の部下なんだよな。」
困ったように、少し笑って哲ちゃんは言った。
「部下の戸川ってやつなんだけど…。」
その後の哲ちゃんの悩み事は、全然きこえなくなってしまっていた。