私には彼が何を言いたいのか、何を伝えたいのか理解する事が出来ずにいた。
「…僕が高校3年生だった夏に、あなたは転校してきた。」
確かに私は父の仕事の都合で転校していた事を思い出す。
「僕の友人が、あなたが越してきた家の近所だったから、転校生がいる話しは偶然知っていたんだ。」
彼は思い出しながら懐かしいものを見ているようだった。
「その転校生を初めて見たのは、彼女が屋上に続く階段に呼び出されて、理不尽に先輩の何人かに囲まれていた時だった。」
私は黙ったまま、彼の言葉の続きを待った。
「偶然階段の下の廊下にいた僕は、誰かの怒鳴る声が聞こえて階段を上ったんだ。
彼女達が見えた瞬間、囲まれた彼女の頬を平手打ちした。
驚いたのは、彼女は泣きもせず赤くなっていく頬を押さえもせず、ただ涼しい目をしていた。」
ほんの少し、その時の記憶がゆっくりと頭の中に流れ込む。
「僕の姿を見て、先輩達は皆慌てて逃げて行った。残された彼女は何も言わず、まるで僕が見えてないかのように僕の横を通り過ぎて行った。
その彼女が、あなたです。」
「正直に言います。僕はあの瞬間、あなたに恋をした。」
彼の目は真っ直ぐすぎて。
もう出逢ってしまっていた私達二人の事を想うと、鼓動が速くなるのを感じた。
思い出す。
恋に、堕ちる。
きっと、この時私は大事な事を忘れてしまっていた。