『ここから歩いて5分位で着きますから。』
赤いマフラーを結び直しながら彼女が言った。
『駅から近くて便利だね。』
俺は月並みな言葉を返した。
これからここにいる彼女、木下 奈央の
住んでる部屋に行こうとしている事がまだ信じられなくてー。
“これは夢なのか現実なのかー。”
などと言う、一昔前の退屈なメロドラマの中の主人公が言っていたセリフを思い出したーー。
『ほら、ここ。着きましたよ。』
彼女はにっこり微笑みながら振り返る。
俺は案内されるまま、彼女に次いで歩いた。
『はい。ここです。ちょっと待っててくださいね。』
彼女は俺を玄関先で待たせ、部屋の中へ入って行きー、
2〜3分後に、
『いいですよ。上がってください。』
と、飛びっきりの笑顔で言った。
『おじゃまします。』
少し緊張気味に俺は部屋へ上がった。
部屋は6畳のワンルームだったが、
女の子の一人暮らしには十分な広さだった。
『狭いでしょう。
ごめんね。あたし、1人暮らしだから。』
彼女が申し訳なさそうに言った。
部屋はきちんと片付いていて、
いかにも女の子の部屋と言った感じの雰囲気だった。
それは、ベッドの上のテディベアのぬいぐるみであったりー。
ピンク色のカーテンだったりー。
優しいフローラル系の芳香剤の香りだったりー。
俺にとって女の子の部屋に入ったのは、過去の記憶の片隅に微かに残っている、遥か昔の事であり、懐かしい思い出と共に忘れ掛けていた事でもあった。
『今、コーヒー入れるね。』
彼女がキッチンへ立った。
彼女がコーヒーを入れている間、悪いとは思ったが、俺は部屋の中を観察していた。
男の気配はしないなー。
『はい。どうぞ。』
彼女がコーヒーを持ってキッチンから戻って来た。
『ありがとう。』
俺はブラックでコーヒーを飲んだ。
久々の女の子の部屋に緊張していたのか、一気に飲み干してしまった。