「真由子」
現実に引き戻される声。 低くも高くもない声はまだ声変わり前だからだ。
私はおびえたように前を見つめる。
前には翔くんの顔。
目は切れ長で、少しだけ黒目が大きい。鼻は高い。顔のラインがすっきりとしていて、顎が少女のように滑らかだ。
体は細身で、手足が細く、若木のようにしなやかに長い。これで長距離走れるんだからすごいなぁと嘆息する。
だからかもしれない。
「わたしも」
気がついたら口にしていた「わたしも、翔くんが、ずっとずっと好きだった。」するりと口から出てきたのは、いいよ、の言葉。
「翔くん好き。一緒にいたい。」
一度言葉にすればつぎつぎと溢れてくる気持ち。
一筋の涙が頬を伝う。
夕日の中で翔くんは、一季節またいで、春がきて、桜がほころんだようにほほえんだ。