前橋卓巳はその口髭をたっぷりとたくわえた口元をさすった。
目の前には桐の木の箱に入った古くさい、いや今ではぼろぼろと言っても過言なほどではない、ひとつの貝殻で出来た眼帯がひとつ、後生大事そうに真綿に包まれていた。
それを懐かしそうに指で撫で、口元に笑みを浮かべた「勘助。」
その呼び名にはいささかの侮蔑と憎しみ、そしてたくさんの懐かしさがにじみ出てくるようだった。
一瞬、彼の姿と、墨染の法衣姿の体格のよい男が重なった。おぼろげなる姿が、にぃっと口元を上げる。
『そなたの前世(まえ)の記憶、取り戻してやろう』勘助。
そう呟くように言うと、耐えきれないといわんばかりにくつくつと笑う。
薄暗い遮光カーテンがひかれた窓辺に腰掛けて、前橋はゆかりの杖の音が近づいてくるのを、心地よさそうに目をつむりながら聞いていた。