それから一時の沈黙が訪れた。
ソラはフェンスに背を預け、視線をアスファルトに落としている。
それを横目に、僕は欠伸をしながら立ち上がった。湿気を孕んだ涼風が髪を撫で、心地よさを感じる。
「さっきはごめんね。私、余計な事しちゃって…」
沈黙を破ったのは、ソラの沈んだ声だった。
「私が勝手に騒いで、あんたにまで迷惑掛けちゃって…。本当にごめんなさい!」
彼女は急に頭を下げた。
その唐突な行動に内心戸惑いを隠せない。
「いや気にしなくていいよそんなの。寧ろ感謝してるし。
ていうかわざわざそんな事言う為だけに、君も教室を抜け出して来たの?」
「いや、それだけじゃないんだけど、でも…。
そう、気にしてないならよかった。」
ソラは溜め息を付いた。そして爽やかに微笑む。
彼女の事は良く知らないが、恐らくこの笑顔が本来の彼女なんだろう。不思議とそう感じさせられた。
「でさ、お詫びといっては何だけど…。これから一緒に食事にでも行かない?どうせ今日はもう、授業に出られないし。」
「は……?」
唐突な誘いに、僕は間抜けな声を出した。
だが彼女は構わず、喜々として言葉を続ける。
「あ、もちろん私が奢るからさ。それにさ、ちょっとディア君と話もしたいし。ね、いいでしょ?」
「いや、ちょっ――!」
ソラは返事も聞かず、強引に僕の腕を引っ張った。
その時、ぽつ、と頬に水滴が当たった。それは徐々に増え、散弾のように、容赦なく僕の顔や腕に当たる。
雨が降り出してきた。
「ほら、雨も降り出して来たし、ね?雷鳴も近づいて来てるし。何時までも屋上にはいられないでしょ?」
いや、それなら寧ろ出掛けない方がいいんじゃ。
そう突っ込もうと口を開いた時、ソラの表情が切迫したように強張っているのに気付いた。
「どうしたの?何か――」
僕の問いかけはやはり強引に無視された。その上僕の体は突如、真横に引力を受ける。
視界が灰色から漆黒に切り替わり、引力から解き放たれた僕は床に尻餅を付いた。
と、不意に視界が明るくなる。
見覚えのある階段に、若干錆び付いた鉄扉――そこは屋上への入口の小スペースだった。
「はあ、何とか間に合った。」
目の前の少女は、安堵の溜め息を漏らしていた。