――――私と哲ちゃんが二人でいる姿を、あの時あの人に見られていなければ、私はまだ今もあきと一緒にいられたの?――――
私は、結局その日は、あきとは一度も顔を会わせる事なく会社を後にした。
あんなに会いたくて仕方がなかったのに、あきと接点をほんの少しでもこれ以上持ってしまう事に躊躇っていた。
プルルルルル…。――――――
会社からの帰宅途中で携帯電話の音が鳴る。
携帯電話の画面には、知らない携帯電話の番号が表示されていた。
「はい。」
私は悪い予感を感じながらも電話に出てみる。
「あの…。突然ごめんなさい。
近藤ですが。」
電話の向こうは加菜だった。
悪い予感というものはいつも最悪のタイミングで的中するものだな、と私は深くため息をついた。
「何か?」
私はとにかく早く加菜との会話を片付けてしまいたい気持ちを込めて言った。
その後の加菜の予想すらしていなかった言葉に気付くまでは。
「今日、哲くんといらっしゃいましたよね。」
加菜の声は不気味な程落ち着いていた。
そう、まるで自分の勝利が決まっているかの様な冷静さだった。
「あなた、結婚してるそうね。」
加菜の言葉が一言一言ずつ増す度に、私の心臓の音が速くなっていく。
「それが、何か?」
私は精一杯動揺を隠しながら言った。亮ちゃんの顔を一瞬思い出す。
「あなた、幸福者なのね。」
加菜がクスリと笑う。
「何が言いたいんですか。」
気付けば私は、家に向かう足を止めて、薄暗い道路に立っていた。
「あなたに私の幸せを奪う権利なんてないでしょう?」
少しずつ加菜の声が荒くなってくる。
私が次の言葉を探している時だった。
「ねぇ、後ろを見てちょうだい。」
私は、背中が一瞬ヒヤリとしたのを感じながらも後ろを振り向く。
私から少し離れた所に携帯電話を握りしめながら、そこに加菜がいた。
表情はよくわからない。
「全部あなたの事、哲くんに聞いたのよ。」
「結婚してるんじゃない。」
「何も辛い事なんてないんじゃない。」
そう言いながら加菜は私に近づいてくる。
私は2、3歩後退りする。
加菜の声が響いた。
「絶対許さないっっっ!!!!!!!!!」