加奈子の頭には耳を通して彼女のお気に入りのLoveソングが流れている。
しかし当然人間は外からの刺激をかんじる器官を5つ。気配などを感じ取ると言われる第六感も入れれば6つのセンサーを持っている。
聴覚は『ソレ』に感知しなくても、他の器官はその時既に『ソレ』を感知していた。
触覚は柔らかく、しかしベットリとした『ソレ』が背中触れるのを感じて鳥肌を立てた。
嗅覚は『ソレ』の空気中にばら蒔かれた腐った臭いを感知し、吐き気と不快感を催した。
味覚は、それらの器官が感じ取った異常を察知したのか胃液が口へと込み上げて、口の中に酸っぱさがじわじわと広がって行った。
そして、Loveソングに支配されていた聴覚でさえ、『ソレ』を感じたのか、それともiポッドが壊れたのかは解らないが、音声に乱れが生じ始めた。
♪〜♪〜♪〜ポク…♪〜♪〜ポク…♪〜ポク…♪〜
その葬式の木魚の様な音は歌の途中途中に割り込んでは消え、割り込んで消え…その繰り返しを続けていた。
第六感は他の器官のかなり前から加奈子の背筋を寒くし、何とも言えない飲み込まれる様な空気と、目線を感じていた。
体より、心の方がいち早く『ソレ』に気が付き、警鐘を鳴らしていた。
そして聴覚は
街頭の光に写し出された自分ではないもう一つの影を瞳の奥に映し出した。
『そんな…嘘でしょ!?』
加奈子の頭に三文字の言葉が浮かび上がる。
『まさか本当だなんて!!
でもこれは…聞いたのとは違うじゃない!!』
『逃げろ』という三文字が。
加奈子は走り始めた。
ポクポクポクポクポクポクポクポクポクポクポクポクポクポクポク…
最早聞こえて来るのは木魚の音だけだった。