〜とある喫茶店〜
「何で俺があんたのテーブルに座ってんだよ?」
深紅の髪を兎のように二つに束ねた男は言った。テーブルに置かれた珈琲に角砂糖を投げ入れている。
男の向かいに座るのは、いかにも好青年な黒髪の男。
「聞いてんのかよ?中司夕紗!」
中司夕紗はたじろぎ、辺りを不安げに見回した。
「知りませんよ」
中司は兎髪の男に言った。
「俺さ、すっげー甘党なんだよね。だから珈琲も激甘」
兎髪の男は十個目の角砂糖を放り込み、スプーンで掻き混ぜた。
「知りませんよ」
兎髪の男は中司を睨んだ。
「喧嘩売ってんのかよ」
中司は冷汗を垂らしながらも言う。
「知りませんよ」
「…永遠に此処の珈琲が飲めなくなってもいいのか?」
兎髪の男は砂糖の沈澱する珈琲をずいと中司に寄せた。
「別の喫茶店を探すまでです。それより」
中司は兎髪の男と目を合わせた。
「相席になった相手と話をするなら、自己紹介くらいしたらどうですか?犬でもしますよ。それくらい」
「じゃあ猫は?」
兎髪の男は問う。
「します」
「ネズミは?」
「しますよ」
「…バッタは?」
兎髪の男はしつこく質問してきた。
「あのねぇ、挨拶と自己紹介は生物界の秩序ですよ?僕の名前をあなたが知っていても、僕はあなたの名前を知りません!名乗らないと、怒りますよ?」
"仏の顔も三度"という諺はこういった場面で使用するんです、と中司は叱り付ける。
兎髪の男は、中司に圧倒されて自分の名前を口にした。
「俺の名前は諸塚亜李沙」
諸塚は珈琲を飲み干し、底に残った砂糖を食べる。
「でもよ」
諸塚は中司を見た。
「何です?」
「名乗る必要なんて、なかったんじゃねえか」
中司は眉をひそめた。
「どうして?」
「だって、お前は一度、俺に会ってるし」
「えっ?」