「お兄ちゃん!」
と、時雨は言った。
「待ってよ、速いよ」
兄の小雨は懸命に走る。
時雨と小雨は六歳差の兄弟。時雨は八歳、小雨は十四歳。
二人とも仲が良く、何時も一緒に居る程だった。
しかし、小雨は先天性の精神発達障害者のため、十四歳だが心は時雨と同等だった。いや、時雨よりも幼いかもしれない。
「コサメ、つかれたー!もう走れない!」
「お兄ちゃん、早く来て!」
座り込む兄を、時雨は一心に呼んだ。どうしても見せたい物があるらしく、酷く急いでいる。
「早くっ!」
弟の真剣さに根負けし、小雨は嫌々立ち上がった。
「分かったよ、しょうがな……」
次の瞬間、
一台のトラックが、小雨を直撃した。
小雨の上半身が、折れ曲がり、弾む。
肩が砕け、首がおかしな方へ捻った。
膝から下は車と地面の間に引き込まれ、靴が脱げる。
小雨の身体が、破壊された。
一台のトラックによって。
時雨の心が、音を立てて崩れ去った。
一台のトラックによって。
兄弟が、兄弟で無くなった。
一台の、トラックによって。