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今僕の家の台所に立ち、リズミカルな包丁の音を響かせている古海陽菜ちゃんは、幸村唯一の神社、古海神社の一人娘だ。
とても優しくて、可愛くて、しっかりものの、僕の幼馴染みであり、クラスメイト。
カリスマ的存在であり、村全体から愛されている。
神様に仕える巫女の陽菜ちゃん。
霊感も鋭く、いろいろな村人から人生相談的なものをうけることもあるらしい。
そんな陽菜ちゃんも、アユリのことを忘れてしまっている。
いや、もしかしたら、陽菜ちゃんは僕をからかっただけなのかもしれない。
どっちにしろ、もう一度聞いてみたほうがいい気がする。
勇気を出すんだ。
呼吸を整えてから、僕は陽菜ちゃんにたずねた。
「ねぇ、陽菜ちゃん…」「うん?」
陽菜ちゃんは手を止めて、僕の顔を覗き込む。
「…アユリ、のことなんだけど」
一瞬、陽菜ちゃんの表情に曇りがかかった気がした。
「陽菜ちゃんは、本当にわからない、の…?」
陽菜ちゃんは、はたしてどう出てくるだろう。
あくまでもしらばっくれるのか、あるいは。
そのとき、僕は僕自身の心の変化にはじめて気付いた。
僕、陽菜ちゃんを疑っている…?
なぜかわからない。いつからだったのかもわからない。だけど…。
そのとき、陽菜ちゃんの口元がかすかに動いた。
「………………の…?」
「…え?」
なんとなく僕は、目の前にいるこの小さな女の子に、恐怖感を感じていた。
予感は、的中だったのかもしれない。
「まだ夢から覚めないの?坊や」
陽菜ちゃんの言葉とは思えなかった。
だって、いつもの陽菜ちゃんとは、何もかも違う。
声も言葉も、陽菜ちゃんのものとはとても思えない。二重の大きな瞳には、怪しげな輝きが放たれている。
「その」陽菜ちゃんは、ゆっくりと、まっすぐに僕を見据えて、言葉を紡ぐ。
「貴方はまた、私のことを信じてくれないのね。まぁ期待はしてなかったのだけど」
陽菜ちゃんじゃない。これは、陽菜ちゃんの言葉じゃない。
「その」陽菜ちゃんはくすくすと笑い、またも言う。
「ずっとそうやっていればいいのよ。夢や幻に甘えて、ありもしない答えを探せばいい。ただ、私が貴方に求めるのは、答えじゃない。つまらない推理でもない。私が貴方に求めるのは、貴方が私を信じてくれること。ただそれだけ。くすくすくす」